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犬派?猫派?(神丘教室)

破田野です。

 

今日は5月13日、「愛犬の日」とされています。

由来は、日本の犬専門誌『愛犬の友』が1948年5月13日に創刊されたことにあり、犬との暮らしや関係性を見つめ直すきっかけとして広まった記念日です。公的な祝日ではありませんが、犬と暮らしている人にとっては、少しだけ特別な意味を持つ日かもしれません。

 

犬という存在は、日常の中にとても自然に入り込んできます。朝の散歩、帰宅時の出迎え、何気ない仕草や視線。そのどれもが特別な出来事ではないのに、不思議と生活のリズムを形づくっていきます。予定に合わせて動いているようでいて、実はその存在そのものが日々の中心になっていることもあるそうですね。

 

 

なぜそのような書き方になるかというと、自分は犬派ではなく猫派というより猛烈な猫愛です。

 

犬のまっすぐな愛情表現も魅力的ですが、猫の距離感や気まぐれさにどうしても惹かれてしまいます。気づけばそばにいるのに、気づいたときには少し離れている。その自由さが、むしろ心地よく感じられることがあります。

 

猫との時間は、何かを積み重ねていくというより、「同じ空間を共有していること」そのものに意味があるように思えます。こちらが意識していないときでも、いつの間にかそばにいて、いつの間にか安心感のようなものが残っている。その静かな関係性が、どこか特別です。

 

そしてここ1年で、実家の猫を2匹見送ることがありました。

そのこともあって、身近にいる存在のありがたさや、何気ない時間の重みを以前よりも強く感じるようになりました。毎日そこにいることが当たり前に思えていたものが、そうではなかったと気づく瞬間は、少し遅れてやってきます。

 

だからこそ、今そばにいる存在との時間は、以前よりも少しだけ丁寧に感じるようになりました。特別なことをするわけではなくても、同じ空気の中にいること自体が、あとから思い返すと大切な記憶になっていくような気がします。

 

愛犬の日というと犬にまつわる記念日ですが、動物との関係そのものを振り返る日として見ると、少し広がりが出てきます。犬でも猫でも、それぞれ違う形で人の生活に入り込み、言葉ではない方法で存在を伝えてきます。その違いが、かえって面白さになっているのかもしれません。

 

動物との時間は、何か大きな出来事がなくても記憶に残ります。むしろ何も起きていない時間ほど、あとから思い返すと印象が強かったりします。静かに過ぎていく日常の中に、小さな変化や感情が積み重なっていきます。

 

5月13日の愛犬の日は、犬に感謝する日であると同時に、身近な存在との時間を少し見つめ直すきっかけにもなります。そこに犬がいても猫がいても、その関係はそれぞれの形で成立していて、どちらが正しいというものでもありません。

 

今日という日が、普段あまり意識しないような存在との距離を、少しだけ優しく見つめ直す時間になれば、それだけで十分意味のある一日だと思います。

2026.05.13 | 神丘教室

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