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鮭の皮(神丘教室)

どうも、池之内です。

近所の店で焼き鮭定食を頼んだんです。

出てきた鮭がまた見事な焼き加減で、皮のところがパリッと香ばしくて。

箸で皮を剥がして口に運んだ瞬間、ふと、戦国時代の武将たちのことを思い出しました。

(あれ、なんだこの藤が丘周辺の信号デジャブ)

「鮭の皮」って、昔の武将にとっては、ただの好物じゃなかったんですよね。

特に山形の最上義光。

「鮭様」なんて呼ばれるほど鮭を愛していた彼にとって、

鮭は領土を潤す産業であり、中央の天下人たちと渡り合うための「外交カード」でもありました。

でも、その外交の裏側には、あまりに痛ましい悲劇があります。

義光は娘の駒姫を秀吉の甥・秀次の側室に送り込むことで、最上家の安泰を図りました。

ところが、上洛の途中で秀次に謀反の疑いがかけられ、駒姫は一度も秀次に会うことすらないまま、死罪を言い渡されてしまうんです。

(秀次の一族郎党を、とは言いますが、一族とは…?)

さすがに理不尽だとあの徳川家康も懸命に助命を願い出ます。

そして「家康が言うなら」と秀吉も死罪を取り消す…、のですが。

でも、処刑取り止めを伝える使者が京都に届いた時には、駒姫はもうこの世にはいませんでした。

あと数十分、早ければ。

まさにその運命のすれ違い。

そして、このことが義光の心には深く深く刻まれます。

「豊臣はクソ、徳川サイコー」ってことです。

義光はこれ以降、豊臣家への期待を捨て、家康に深く臣従を誓います。

関ヶ原で彼が迷わず東軍についたのも、この時の悲しみがひとつの遠因になっているのは間違いありません。

皮一枚の脆さ。

天下を争う権力者たちの思惑も、武将たちが必死に積み上げた外交努力も、

運命のちょっとしたタイミングのズレで、まるでこの鮭の皮のようにパリッと剥がれて消えてしまう。

そうです、これが「連想」です。

割と脳内が忙しくなるから、いつもはサバの塩焼きを選びがちです。

でも鮭もいいよね は・あ・と

では。

2026.06.16 | ブログ , 神丘教室

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